櫻坂46 歌詞 解釈

櫻坂46「Nobody’s fault」の深い歌詞の意味を考察〜明日へと背中を押す3つのメッセージ〜

「Nobody’s fault」はどんな曲?

「Nobody’s fault」は櫻坂46の1stシングル『Nobody’s fault』の表題曲です。

森田ひかるさんがセンターを務めている曲で、櫻坂46に改名して初めて披露されたデビューソングとなります

これまで、ストーリー性のある曲を中心に考察してきましたが、この曲はストーリーというよりもメッセージ性を中心にしている曲です

欅坂46時代から紆余曲折あっての、記念すべきデビュー曲なので、これまでのグループの歴史などを重ね合わせる考察がわかりやすいとは思いますが、それをするのは、むしろこの曲のメッセージを狭めてしまう危険性があると思いました。
※それと、個人的には欅坂46時代をマイナスのように語ることもしたくありません。

ここでは、あくまでも歌詞の意味から読み取れるメッセージ性をシンプルに読み解いていく予定です

それを元に、ファンの皆さんがグループの歴史やメンバー一人一人のストーリーを自分なりに重ね合わせた方が、そちらの視点でも深みや広がりが出てくるのではないでしょうか。

前置きが長くなってしまいました。

というわけで、今回は、ズバリ!

■どんなメッセージが読み取れるのか!?
この一点に絞って読み解いていきたいと思います。

まだ聴いていない人はこちら!※MVにも考察したいポイントがたくさんあります!

www.youtube.com

目次

理想ばっかり見てんじゃねえ!

この世界を変えようなんて
自惚れてんじゃねえよ
知らぬ間に汚れちまった空は
宇宙が見えない Blue

自分が吐いた息と嘘で
締め切った窓は曇ってるぜ
心の空気を入れ替えろ!
それでも夢を見たいなら

見出しが強い口調になってしまいましたが、この曲は全体を通して「励ます」というよりも、一段強い「喝を入れる」といった口調になっています

出だしから「自惚れてんじゃねえよ」と強い言葉ですが、これはどんな態度に対して言っているのでしょうか?

「この世界を変える」という「自惚れ」に対しての喝だと考えられますが、ここで、問題とされているのは、その「目標の大きさ」ではありません

問題は、理想ばかりで、現実を直視せず、「目の前の、足元の小さなことをおろそかにしてしまっている態度」だと考えられます。

主人公はずっと空を見上げていたはずなのに、その目は知らぬ間に「理想論」ばかりに曇っていき、空想の「きれいなBlue」だけが見えています。
現実には汚れた空も、雨の空も、夜の空もありますが、主人公にはそれらは見えません。

自分が口にしてきた壮大な理想論に自分の心の小さな部屋は塗りつくされて、外の世界は見えなくなってしまっています。

「この世界を変える」と言いながら、自分の見たい綺麗なものだけを見て、小さな部屋に閉じこもっていては、夢など叶えられるわけがありません

本当に夢を見たいなら、心の窓を開けて、広い現実世界の良い面にも悪い面にも目を向けていく必要があります。

夢を見ることが悪いのではありません、大きな夢を見るなら、まず足元の現実を見ろ!

1つ目は、そういうメッセージだと捉えました。

他人のせいにしてんじゃねえ!

No! No! No! 他人(ひと)のせいにするな
鏡に映ったおまえは誰だ?
勝手に絶望してるのは
信念がないからだってもう気づけ!
No! No! No! 誰かのせいにしても
一つが残る椅子取りゲーム
それならいっそ 孤独を選びな!
No! No! No! Nobody’s fault

2つ目は、「他人のせいにするな」です。歌詞のまんまですね。

鏡に向かって愚痴を言ったって、そこには自分しか映っていません。

周りの環境がどんな荒波であろうと、歩みを止めるか、歩き続けるかは、最終的には自分の信念次第です

「誰かのせいにしても 一つが残る椅子取りゲーム」という歌詞が分かりづらいですが、これは「一つが残る」までの過程に焦点を当てています

「一人が残る」では「世の中は一人しか勝てない」というメッセージになってしまいそうですが、ここでは「一つが残る」と「椅子」の方がメインです。「椅子」は世の中の様々な「定員」「枠」の喩えでしょう。スポーツのレギュラー、入試の定員、仕事の役職など・・・世の中には様々に数が限られているものがあります。

椅子取りゲームの最初や中盤をイメージしてください・・・途中で曲が止まり、急いで座ろうとするも、もう椅子はいっぱいでした。

そんな時「あの人さえ譲ってくれたら」と誰かのせいにしますか?普通はそんな風に考えないでしょう。みんな自分のことに必死で椅子に座っているだけです。

まさに「Nobody’s fault」(誰のせいでもない)と言えるでしょう。
(一部には突き飛ばして完全な妨害をしてくる輩もいるかもしれませんが、それはまた別です。それは、そいつのせいです(笑))

人の輪の中で生きようとする時、あらゆる場で、このようなことは起きてきます。

それを受け入れられないなら孤独を選ぶしかありません

「原因他人論」などと言ったりしますが、原因を他人に求める人は、他人が変わってくれるのを待つことだけが人生でできる唯一のことになってしまいます。自分は助手席に座らされて、車の行く末を眺めている状況ですね。自分の人生なのに。

一方で「原因自分論」の人は、どんな困難な状況でも、少なくともハンドルは自分の手にある運転手です。当然「責任」も自分ですが、こちらの方が生きている実感をもてるのではないでしょうか?

2つ目は「他人のせいにするな」と考えました。

言い訳ばっかりしてんじゃねえ!行動しろ!

生き方を改めようなんて
できるわけないって逃げるのか?
いつのまにか大人になっちまったんだ
言い訳ばっかでうんざり

泣き言なんか聞きたくもねえ
どんなに悔やんでも 叫んだって…
やるか?やらないのか?それだけだ
もう一度 生まれ変わるなら

No! No! No! 綺麗事を言うな
洗っても洗っても落ちない泥だ
それでも生きる 強さを信じろ
No! No! No! Nobody’s fault

3つ目は、「言い訳ばっかりしているな!行動しろ!」です。これも歌詞のままですね。

「できるわけない」と未来をあれこれ悩んだり、「どんなに悔やんでも」と過去をあれこれ悩んだり、すべて無駄です。

どんな未来や、どんな過去があったって「信念」にもとづいて、やらなければならない時があります。

そんな時「理想論」ばかりでも役には立ちません。「洗っても洗っても落ちない泥」とは「理想論」から見れば、泥臭いやり方、汚いやり方、不格好なやり方のことかもしれません。もしくは未来に悪影響を及ぼす過去の失敗(ゴシップなど)、のことかもしれません。

「理想」を言えば、もっとスマートなやり方の方が良いのかもしれません。マイナスな過去は無い方が良いのかもしれません。ですが、それらを含めて「生きる」ということだと思います。

それらも経験するからこそ「強さ」も生まれるのではないでしょうか?

期せずして、1つ目のメッセージも関わってきました。

自分のせいにもするな?この世は複雑だ。

どんなに深い森も一本の木が集まってできているんだ
風が吹けばわかるだろう Yeah
光と影は何度も重なり合い 大きな森になるのさ
自分の(自分の)せいにもするな Wow

No! No! No! 誰のせいでもねえ
天に唾を吐くな
Ah-Uh

2つ目のメッセージで「原因自分論」なんて言う考え方にも触れましたが、ここでは「自分のせいにもするな」と言っています。

他人のせいでもない?自分のせいでもない?じゃあ、誰のせいなんだ?

と言いたくなってしまいそうですが、それに対する答えは何度も言われています。

「Nobody’s fault」(誰のせいでもない)です。

・・・これでは何も言っていないのと同じなので、もう少しどういうことか考えてみましょう。

どんなに深い森も一本の木が集まってできているんだ
風が吹けばわかるだろう Yeah

これは、「どのような出来事も、様々な要因が複雑に集まって成り立っている」ことの喩えだと考えられます。

細かい点だけで描かれ、遠くから見たら一つの絵になっている「点描画」のようなイメージでしょうか。
※脱線しますが、「バタフライ効果 – Wikipedia」や「ハインリッヒの法則 – Wikipedia」なども思い浮かびます。

f:id:tomo2737:20210922231325j:plain
点だけで描かれたスーラの「グランジャット島の日曜日の午後」
それら一本一本の木々が意識されるのは、強い風が吹いた時くらいで、日ごろは一つの「森」としてしか認識していません。
光と影は何度も重なり合い 大きな森になるのさ

「森」の一本一本の木々の中には「光」と呼べる良い面も、「影」と呼べる悪い面も、複雑に存在します。ここでの「森」は「人生」と言っても良いかもしれません。

そんな中で一つの出来事を思い出して、「あの時あいつがああしていれば・・・」「あの時、自分がこうしていれば・・・」と論じることにどれほどの意味があるのでしょうか?

それは森の中の一本の木だけに捉われるようなものです

つまり、この「自分のせいにもするな」も広く考えれば「言い訳ばかりするな!」の一つだと言えます。
他人のことでも、自分のことでも、過去を考えて結局進まない理由にしてしまうのであれば、その前に行動してみろ!ということでしょう。

No! No! No! 誰のせいでもねえ
天に唾を吐くな

「天に向かって唾を吐く」という慣用句は「人に害を与えようとすると、自分に返ってくる」という意味です。

「あれのせい」「これのせい」と文句をつけたり、呪ったりしたところで、それは結局を自分を傷つけることにしかなりません。

言い訳(理屈や原因)を考えるより、行動しろ!

3つ目のメッセージは、こうだと考えました。

まとめ

「Nobody’s fault」の歌詞に込められたメッセージとは

①理想論ばかり言ってんじゃねえ!
②他人のせいにしてんじゃねえ!
③言い訳ばっかりしてんじゃねえ!行動しろ!
の3つだと考えました。
これを肯定表現に言い換えるとこうなります。
大きな夢を実現するには、足元の現実から、言い訳をせず、信念をもって、一つ一つ行動を積み重ねろ!

そんな力強い励ましを受け取れる曲なのではないでしょうか?

最後に

いかがでしょうか?

長文をお読みくださり、ありがとうございます。

少し、人生論っぽくなってしまいました。

また、どうしても書いている途中で欅坂46時代からのあれやこれやが浮かんできてしまいましたが、ここではあまりそれらの要素を入れないようにしています。(少しにじみ出ているかもしれませんが)

この考察を元に、グループやメンバーの色々な歴史を重ねて、感じ取ってもらえれば幸いです。

一個人として一つだけ触れるなら「黒い羊」の「全部僕のせいだ」に対して「Nobody’s fault」だけでは、同じことを言っているように見えてしまいますが、「自分のせいにもするな」の一言があることで、「黒い羊」の救済になっているように感じます。
大事な大事な一言です。

ぜひ、ご感想やご意見もお待ちしています。

Twitterもやっています

 櫻坂46の他の曲はこちら  ↓ 

https://www.utakoku.com/sakurazaka46-index/