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合唱曲「怪獣のバラード」の歌詞の意味を深く考察!〜怪獣の「心」とは何を表しているのか?〜

こんにちは!

合唱コンクールや卒業式で「怪獣のバラード」を歌うことになった生徒さんや、それを指導する先生方。

心を込めて歌おうにも、歌詞のイメージがハッキリと浮かんでこない!

そんな風に感じていませんか?

私はこれまで、多くの学生に歌詞の意味を指導してきました。

なんとなく歌っていた最初と比べ、歌や作詞者の背景を知ったり、一つ一つの言葉の深い意味を検討したりした後では、歌う時の気持ちの込め方も全く違うものになります。

ぜひ、「怪獣のバラード」の歌詞に込められた深い意味を知って、想いのこもった歌声を響かせましょう!

動画はこちらから

 基本情報と歌詞のポイント

「怪獣のバラード」は1972年6月4日にNHKで放送された音楽バラエティ番組『ステージ101』で、オリジナルソングとしてコーラスグループ「ヤング101」の歌で発表された曲です。
作詞は岡田冨美子(おかだふみこ)さん、作曲は東海林修(しょうじおさむ)さんです。

当時は1971年に「ゴジラ対ヘドラ」が公開されたり、特撮ヒーローの「スペクトルマン」でも「ヘドロ怪獣 ヘドロン」が登場するなど、公害が社会問題として大きく取り上げられていた時代です。

こちらのサイト(https://www.saenaiossan.com/kaijyu-ballado/)でも紹介されているように、この曲の作曲を手がけた東海林修さんが楽譜集の中で「かいじゅうは公害のつもりでした。」と書いているらしく、それを前提に解釈しているサイトも多くあります。
ですが、先ほどのサイトでは【元々は怪獣=公害のつもりだったが、できあがった物はそれとは全く違う歌となっていて、そちらの方が良かったから採用した】という推測をしています。私もそれに賛成です。
この歌詞の「怪獣」=「公害」と読むのは、様々に違和感が残るため、その立場は取らずに、歌詞に沿って解釈をしていきたいと思います。

歌詞の流れに沿って情景をチェック

それでは、それぞれの歌詞の情景を考えてみましょう。

未知なる世界への抑えきれない衝動

【1番】
真赤な太陽 沈む砂漠に
大きな怪獣が のんびり暮らしてた
ある朝 目覚めたら
遠くにキャラバンの鈴の音聞こえたよ
思わず叫んだよ
海が見たい 人を愛したい
怪獣にも 心はあるのさ
出かけよう 砂漠すてて
愛と海のあるところ

歌い出しは「真赤な太陽」が沈む砂漠が舞台とされます。
世界最大級のサハラ砂漠はアフリカ大陸にあり日本の24倍の広さがあります。
太陽の色は緯度が赤道に近い場所ほど、赤く見えるので、「真赤な太陽」という言葉からも、このあたりが想定されているのかもしれません。

そんな砂漠の中で「大きな怪獣」は「のんびり」と暮らしています。
そこには特に危機感や、不満といった様子は見られません。この「のんびり」はこの歌の一つのキーワードになると思います。

そんな中で、ある朝に遠くを通るキャラバン(隊商)の鈴の音がかすかに聞こえます。
キャラバンは盗賊団などから身を守りながら、物資を輸送する商人達の部隊で、サハラを越えるキャラバンはラクダ数千頭規模にも及ぶことがあったそうです。
キャラバンはある地域から別の地域へと様々な「未知なる物」を運びます。「鈴の音」というのも砂漠暮らしの中では聞くことがない「未知なる音」だったのでしょう。
そんな初めて聞く、新しい音が怪獣の「心」を呼び覚まします。

その「心」とは「新しい世界」「新しい生き方」への衝動とでも言えるでしょうか。
怪獣は「のんびり暮らしてた」のであり、迫害されている訳でも、現状に強い不満をもっている訳でもなさそうです。
それでも新しい世界を求めずにはいられない、そんな想いをこの歌では「心」と表現しているのではないでしょうか

「海」も「人との愛」も怪獣にとっては未知の世界であり、今までのように「のんびり」とはできないかもしれません。もしかしたら迫害などの困難が待っているかもしれません。ですが、それでも求めてしまう、生きていく上での強烈な衝動こそがこの歌のテーマではないでしょうか。

距離をとって振り返るということ

【2番】
真赤な太陽に 昇るたつまきを
大きな怪獣は 涙で見つめてた
自分の足跡に 両手をふりながら
東へ歩いたよ 朝昼夜までも
海が見たい 人を愛したい
怪獣にも 望みはあるのさ

あたらしい太陽は燃える
愛と海のあるところ
あたらしい太陽は燃える
愛と海のあるところ

2番は出発してからある程度時間が経っています。
「真赤な太陽」は一番と同じ沈む様子の表現ですから、これまで自分がいた西の砂漠の方を振り返っています。すると、そこには天にも届くような巨大な竜巻が発生していました。
なぜ怪獣はそれを見て「涙」したのでしょうか?

1番の「のんびり」という表現からは、これまでの怪獣の人生には大きな苦労や事件などは何もなかったように見えます。ですが、砂漠はそもそも昼と夜で気温が20~30度も変化する環境ですし、歌詞にあるように竜巻だって起きます。
怪獣がその中で「のんびり」暮らせるのは経験と学習と適応・成長の成果です。普段は忘れていても、こうして心地よかった場所を離れて、振り返ってみると様々な苦労も思い出されてくるのだと思います。
その直後の「自分の足跡」というのも、物理的な足跡の他に、これまで歩んできた軌跡という象徴的な意味も考えられます。

新しい世界に一歩を踏み出すのは誰でも不安なことですが、これまでの自分の確かな成長を振り返ることは、その一歩を踏み出す勇気を与えてくれるでしょう。

最後の部分では「あたらしい太陽が燃える」と強調されています。
これは今までの「沈む太陽」ではなく、目指している東からの「昇る太陽」のことでしょう。
「愛と海のある」新しい世界にもきっと苦労はあるでしょうし、必ずしも素晴らしいことばかりではないかもしれません。
それでも求めてしまうのが「生きている」ということであり、「心」というものなのではないでしょうか。

歌の最後の「Yah!」という勇ましい掛け声は、ゴールに着いた喜びではなく、新しい世界へ向かって歩みを進める自分を鼓舞する雄叫びだと思います。

授業で扱う場合(主な発問や展開)

この歌は、材料となる歌詞が少なくシンプルなため、様々な解釈が有り得ると思います。
「怪獣は人を表している」「怪獣は迫害され砂漠へ追われた者だ」「怪獣は周りの人間になじめない人間の象徴だ」など色々と考えられるでしょう。
その解釈の幅広さこそが、この歌の魅力であり、多くの人が自分自身に重ね合わせ、惹かれてきた理由でしょう。
今回の記事は、その解釈の一案として、これまであまり強調されてこなかった「未知なる物」「未知なる世界」への憧れ・衝動という点に特に注目してみました。

時間がなければ、ただ漠然と歌うよりは、そのような一つのストーリーを共有するのも良いと思います。ですが、前述した「解釈の幅広さ」を生かすのであれば、以下のように基本情報を整理した上で、それぞれの解釈を交流する方向性が良いと思います。

【発問例 基本情報の整理】
①砂漠とはどのような場所か。キャラバンと何か。
②1番では怪獣はどこに居て、どのような状態か。
③2番では怪獣はどこに居て、どのような状態か。
【指示・発問例 解釈編】
④「怪獣」とは何かを象徴しているのだろうか。
⑤なぜ、怪獣は「たつまき」を見て涙したのか。
⑥怪獣の物語を小説のように表現してみよう。

最後に

■音楽の授業は時数が少ないので、歌詞の意味までじっくりと扱うのは難しいと思いますが、先生の考えだけでも紹介してみてください。歌声も変わると思います。※このページをそのままコピーして配布していただいても構いません。

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