合唱 歌詞 解釈

合唱曲「心の瞳」の歌詞の意味を深く考察!〜歌われている「愛」とは?〜

こんにちは!

合唱コンクールや卒業式で「心の瞳」を歌うことになった生徒さんや、それを指導する先生方。

心を込めて歌いたいけど、歌詞のイメージがハッキリと浮かんでこない!

そんな風に感じていませんか?

私は中学校の国語科教員として、合唱コンクールでその年に歌う曲の歌詞について、授業の中で生徒と一緒に考えてきました。

なんとなくのイメージで歌うのと、歌や作詞者の背景を知ったり、一つ一つの言葉の深い意味を検討したりした後に歌うのとでは、気持ちの込め方も全く違うものになります。

ぜひ、「心の瞳」の歌詞に込められた深い意味を知って、想いのこもった歌声を響かせましょう!

 基本情報と歌詞のポイント

合唱曲「心の瞳」は中学校の合唱コンクールなどで歌われることが多い人気の曲です。

坂本九さんが歌う原曲は、作詞:荒木とよひさ 作曲:三木たかし の黄金コンビによって作られ、1985年5月22日に発売されました。

この曲の発表から約3ヶ月後に坂本九さんは「日本航空123便墜落事故」で亡くなられたため、この曲は坂本九さんの最後の曲となっていまいました

合唱版は、この曲をラジオで聴いていた中学の音楽教師である長谷川剛さんによって編曲されたことがきっかけに世に広がり、音楽家の横山潤子さんなどが手がけた様々な編曲版が発表されていきました。

この歌では「君」との「愛」が繰り返し歌われていて、とてもロマンチックに感じます。

ですが、その最初の印象が強いせいか、歌詞についてしっかりと読み解かないと、話者の年齢や「君」との関係性について理解できないままという危険性があります。

それでは、

 ■話者と「君」の年齢や関係とは?

■「心の瞳」とは何を表している?

■ここで歌われている「愛」の形とは?

について、それぞれ見ていきましょう。

心の瞳はこちらから聴けます。


www.youtube.com

目次

歌の全体像

心の瞳で 君を見つめれば
愛すること それが
どんなことだかわかりかけてきた

「心の瞳」は「君」へ語りかけるような口調の歌詞です。

話者が、大切な「君」に想いを伝え、確認していく雰囲気で、二人の強いつながりが感じられます。

「愛」とはそれだけが単体であるものではなく、「愛する」対象があって初めて見えてくるものかもしれません。

言葉で言えない 胸の暖かさ
遠まわりをしてた 人生だけど
君だけが いまでは
愛のすべて 時の歩み
いつも そばで わかち合える

「遠まわりをしてた」というのは「君」に出会うまでの人生を指していると考えられます。

または「君」と出会ってからも、結ばれるまでや結ばれてから、さまざまな紆余曲折があったのかもしれません。

後半三行は切れ目が一見分かりにくいですが、

「君だけが いまでは 愛のすべて/時の歩み いつも そばでわかち合える」と区切るのが自然でしょう。

その後の歌詞については分かりやすい素朴な言葉が使われていて素直に感じられます。その点も中学生に人気の秘密かもしれません。

二人は何歳でどんな関係?

この歌で解釈が分かれるのが、話者と「君」の年齢だと思います。

歌詞の中から年齢に関わりそうな表現を抜き出してみます。

①「愛すること~わかりかけてきた」
②「遠回りをしてた人生」
③「君だけがいまでは~いつもそばでわかち合える」
④「たとえあしたが、すこしずつ見えてきても」
⑤「いつか若さをなくしても」
⑥「長い年月を歩き疲れたら」
⑦「たとえ過去(きのう)を懐かしみふり向いても」

①、⑤の表現からは二人は若い恋人同士にも見えます。

まだ「愛すること」が「わかりかけてきた」や、「いつか若さをなくしても」という表現は、それほど人生経験を経ていないように思えるからです。

ですが、それ以外の②・③・④・⑥・⑦では反対に様々に経験を経てきた壮年の夫婦同士の姿が浮かびます

その中で④の「たとえあしたが 少しずつ見えてきても」の解釈は難しいところです。

「たとえ~ても」というときの「~」には「たとえ困難に出会っても」や「たとえお金が無くても」など一般的には悪いことが入ります。

「明日が見えてくる」をネガティブに考えると、「老い先が知れてしまう」という悪い意味にもなるでしょう。

①・⑤とそれ以外を比べてみると、①・⑤の方も40~50歳の壮年期であれば、これから本当の「愛」を知っていったり、気持ちはまだ「若さ」に満ちているという風に、表現できます。

これらのことから、話者と「君」は40~50歳くらいの夫婦で、様々な人生経験をしてきた上で、ここから更に深い人生を二人で味わっていくところだと考えられるでしょう

「心の瞳」とは何を表している?

題名にもなっている「心の瞳」とは何を表しているのでしょうか?

ここまで考えてきた解釈を踏まえると

「表面的な見た目や言動にとらわれない、その人の深い人間性を感じ取る目」

だと考えられます。

「言葉で言えない 胸の暖かさ」や「愛のすべて 時の歩み いつもそばで わかち合える」とあるように、

一人の人間と一人の人間がお互いの全てを感じとり、一つになることが「愛すること」だと言えるかもしれません

「心の瞳」をめぐるエピソード

この歌の歌手である坂本九さんのエピソードがWikipediaに載っています。歌詞の意味について考える上で、大切だと思うので、少し長いですが紹介します。

■歌ができた経緯と、坂本九の反応■

■坂本は、どういう歌を歌いたいのか、荒木と三木に話をした。荒木と三木は、シングルレコードのための曲となる「懐しきlove-song」を作った。この曲はリリース翌月にNHK「古賀政男記念音楽大賞」に入賞した。

「懐しきlove-song」に加え、荒木と三木は、ある曲を作った。ヒットにはこだわらず、坂本の夫人に本当の気持ちを伝えるラブソングにして、ステージの最後に歌うような曲ができたらいい、そのような思いで、荒木と三木は、ある曲を作った。その曲が「心の瞳」である。

(中略)

「心の瞳」のレコーディングを終えた坂本九はこの曲を家に持ち帰り、妻の柏木由紀子に「ゆっこ!」、と声をかけた。「カセットテープだったと思うんですけど」、と柏木由紀子は証言する。「ゆっこ! ぼくたちのことを歌ったような曲だよ! 聴いたらきっと、泣いちゃうよ!」、と柏木由紀子は坂本九から告げられ、この曲は坂本九のお気に入りだったようだ。長女の大島花子は、「父が新曲を持って帰ってくる!」というのが初めての出来事であり、家族で聴いて、とても楽しかった思い出であると話している。「心の瞳」は、坂本がようやく手にした等身大の本当に伝えたい理想の音楽だったということができる。   出典:心の瞳 (坂本九の曲) – Wikipedia

このエピソードを見ても、この歌の「話者」は当時44歳だった坂本九さんで、「君」が妻の柏木由紀子さんと考えるとしっくりきます。

出典の 心の瞳 (坂本九の曲) – Wikipedia」のページには更に詳しい経緯なども載っているので、そちらもご覧ください。

授業での主な発問

①話者と「君」はそれぞれ何歳くらいか?

または、話者と「君」の年齢と関係は次のうちどれか?

1.10代の恋人 2.20~30代の夫婦 3.40~50代の夫婦 4.60代以上の夫婦 5.その他

※この話者と「君」の年齢を考えることで以下の発問についても自然と考えることになると思います。

②「遠回りをしてた 人生」とは具体的にどんなことを意味しているのか?

③「明日が少しずつ見えてきても」とはどんなことを表しているのか?

④「心の瞳」で君を見つめるとはどんなことを表しているのか?

最後に

■音楽の授業は時数が少ないので、歌詞の意味までじっくりと扱うのは難しいと思いますが、坂本九さんのエピソードだけでも紹介してみてください。歌声も変わると思います。※このページをそのままコピーして配布していただいても構いません。

「国語」の授業でも扱ってみると、「実際に歌う」という明確な目標がある分、教科書の学習以上に盛り上がりますよ。

■中学校で扱う場合、若い自分たちの「恋」「愛」に引きつけて歌っても良いとは思います。

ですが、壮年の深い「愛」について、「遠回りをしてた人生」や「長い年月」に何があったのか、皆で想像を膨らませてストーリーを考えると、また違った感情の込め方になってくると思います。

■私は文学の研究はしていますが、音楽に関しては素人です。これからも様々な合唱曲の歌詞について考察していきたいと思っていますので、

・音楽上の観点から何か誤りがある
・音楽上の解釈でも論の補強になる
・次はこの曲を扱って欲しい

などありましたら、コメントいただければ幸いです。

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※音楽や国語の授業、または合唱部や合唱コンクールでメンバーに投げかける場合の基本的な流れなどもこちらに書いていますので、ご覧いただければ幸いです。

合唱コンクールや卒業式で歌われる合唱曲の歌詞の意味を深く考察! 〜曲名順に整理〜主に中学・高校の合唱コンクールや卒業式で歌われる合唱曲の歌詞について文学研究者の視点から考察しています。実際に歌う生徒さんや、指導される先生方の手助けになれば幸いです。...