櫻坂46 歌詞 解釈

櫻坂46「五月雨よ」の深い歌詞の意味を考察!〜叶わない恋の答えは諦めることだけ?雨や傘は何を表している?「五月雨」という語のもつ深い意味~

テーマは叶わぬ恋?「五月雨」の比喩表現を中心に「僕」と「君」のストーリーを解説!

2022.4.6発売の櫻坂46の4thシングル「五月雨よ」が2.21のラジオ「レコメン!」で初公開されました!センターは、表題曲初センターで、グループ最年少の山﨑天さんです

山﨑天さんの力強いソロから始まり、しっとりと進んでいくこの曲は、これまでの表題曲とはまた違った櫻坂46の一面を見せてくれるものとなっています。

ネット上では歌詞の中の「傘」から欅坂46時代の「世界には愛しかない」を想起したり、「言葉にしてしまえば」から「無言の宇宙」を想起したりと、様々な曲を呼び起こさせる、と話題になっています。

その中で、「雨」「傘」「太陽」「虹」などが何を表しているのかという解釈には様々な読み取りがあるようです。
確かに、この歌では、あえて解釈の幅が出るように書かれている言葉が多く、それが色々な人の心に染みこむ良さだとも言えます。

ですが、そんな中でも一つのストーリーとしてどのような読み取りができるのか、一案を考えていきたいと思います。

今回は

■そもそも「五月雨」とは?何を表している?
■「僕」と「君」の関係は?
■「雨」「傘」「太陽」「虹」が表すものとは?
■恋の行方は?最後にもう一度「五月雨」に立ち返ると・・・

を中心に考えていきます。

ぜひ最後までお読みください。

MVが公開されました!これまでの曲とはまた違う神秘的な映像です。

歌詞の全体像を確認!

まずは歌詞の全文を載せます。
長いので、飛ばしたい方は目次から飛んでください。

【1番】
五月雨よ 教えてくれ
曇り空に 叫んでた
止むつもりか? 止まないのか?
先のことは わからないまま
五月雨式に 好きになってく

言葉にしてしまえば 楽かも知れないけれど
自分の方からなんて 絶対に言い出せない

はっきりとしないのは 天気も気持ちも同じ
風向き どっちつかず 僕は友達のままでいい

だから心の内側で 雨宿りして
雲の切れ間 太陽をここで待つ

五月雨よ 後から後から
愛しさが 込み上げてくる
見上げたって 変わらないのに
どこかに虹 期待してしまう

五月雨よ 切なくなる
いつの日かは いつ来るんだ?
広げられない 傘を持ってる
今すぐに 会いに行くために
どんな時も 絶えることない
永遠を 愛と信じてる

【2番】
止まない雨はない
誰もがそう言うけれど
本当にそうなのか?
君にどんどん惹かれてく

今このドアを開けるのか? 諦めるのか?
意気地なしの 自分に問いかけてみる

苦しいよ 君を想うと
一方的で 息もできない
中途半端は 嫌いだけど
どちらかに 決められない

ずぶ濡れに なってもいい
不安の中 飛び出すべきだ
その勇気が 僕にあったら
雨だって きっと怯むだろう?
何もせずに 厚い雲に
覆われていちゃ 君に伝わらない

Wow Wow(Wow Wow)・・・
小雨になった 止むかな

五月雨よ 後から後から
愛おしさが 込み上げてくる
見上げたって 変わらないのに
どこかに虹 期待してしまう

五月雨よ 切なくなる
“いつの日か”は いつ来るんだ?
広げられない 傘を持ってる
今すぐに 会いに行くために・・・
どんな時も 絶えることない
永遠を 愛と信じてる

答えなんか 出るわけない それが恋だ

五月雨式に 降り続いてる (Wow…)
五月雨式に 好きになってく(Wow…)
雨よ止むな (Wow…)

そもそも「五月雨」とは?

この歌のタイトルにもなっている「五月雨」とはそもそも何でしょうか?辞書では

《「さ」は五月(さつき)などの「さ」、「みだれ」は水垂(みだれ)か》
1 陰暦5月ごろに降りつづく長雨。梅雨。つゆ。さつきあめ。《 夏》「ーを集めて早し最上川/芭蕉」
2 断続的にいつまでもだらだらと続くことのたとえ。「五月雨式」「五月雨戦術」

デジタル大辞泉(小学館)

となっています。梅雨時の「晴れるかな?」と思ったら、また翌日も降る雨ですね。

ビジネス用語としても「五月雨式」とは、連絡や納品を細かく連続ですることで、辞書の意味に「だらだらと続く」とあるように、相手に手間をかけることに対し、申し訳なさも込めて使います。

これらの意味を考えると、ネガティブな印象で、あまり「恋」の歌には相応しくなさそうです。
私は最初、「どんどん好きになる」というポジティブな意味に、こじつけているのかと考えたのですが、歌詞の意味を深く知ると、これは「五月雨」でないとダメなんだと納得しました。
それを、これから見ていきましょう!

「五月雨」が表すものは?

歌詞を見てみると

五月雨式に 好きになってく
五月雨よ 後から後から
愛おしさが 込み上げてくる

などの表現から「五月雨」は「君」への恋心の比喩だと読み取れます。

しかし、先ほどの辞書の意味を踏まえれば「五月雨」は「止んでほしいのに、なかなか止まない雨」です。
それを踏まえると、この恋心は「止めたいのに、止められない」「消したいのに、消せない」苦しいものだと言えそうです。それはどんな恋なのでしょうか?

「僕」と「君」の関係は?

「僕は友達のままでいい」
とあるように、今の2人は友達同士で、「僕」の方が「君」を好きになっていく歌だということが分かります。
ですが、

自分の方からなんて 絶対に言い出せない
『止まない雨はない』 誰もがそう言うけれど
今このドアを開けるのか 諦めるのか
苦しいよ 君を思うと 一方的で 息もできない

などの歌詞を見ていくと、この恋心は簡単には打ち明けられないことが感じられます。
それは「フラれたら気まずい」などのレベルよりも深い悩みのようです。

たとえば「親友の彼女を好きになってしまった」とか「同性の友達を好きになってしまった」などの(一般的には)「叶わない恋」なのではないでしょうか?

相手は「僕」のそんな気持ちは想像もしていないし、周りにも止められてしまう・・・。
「止まない雨はない」という言葉は、一般的にはポジティブな励ます言葉ですが、ここでは「そのうち忘れるよ」という風に、遠回しに諦めさせようとする言葉だと考えられます。
「このドアを開けるのか 止めるのか」ではなく「諦めるのか」という表現からも、この悩みの重さが感じられます。

それを踏まえると、この恋心を「五月雨」と表すのも納得がいきます。
「この恋心さえなければ、友達のままの良い関係でいられるのに・・・」という「止んでほしい」気持ちの方にこの歌詞は重点が置かれているのです。

それなのに、「君」に会う度に、その恋心は長雨のように後から後から降ってくる・・・・・・苦しいですね。

そんな愛しさと、苦しさを表現したのが、この「五月雨よ」だと言えます。

歌の流れを追いながら「雨」「傘」「太陽」「虹」などの意味を考察

1番 想いは伝えられないままに・・・

【1番】
五月雨よ 教えてくれ
曇り空に 叫んでた
止むつもりか 止まないのか
先のことは わからないまま
五月雨式に 好きになってく

言葉にしてしまえば 楽かもしれないけれど
自分の方からなんて 絶対に言い出せない

はっきりとしないのは 天気も気持ちも同じ
風向き どっちつかず 僕は友達のままでいい

だから心の内側で 雨宿りして
雲の切れ間 太陽をここで待つ

これまで見てきたように「僕」は「君」に恋心を伝えることができない苦しみの中にいます。

「雨」は「君」への「恋心」であると同時に、それに伴う「悩み・苦しみ」の比喩でもあります。「僕」にとって2つは分けられるものではなく、完全に表裏一体です。
それが、この先の様々な歌詞に表れています。

「心の内側で 雨宿りして 雲の切れ間 太陽をここで待つ」というのは、自分の恋心を一時的なものだと自分で言い聞かせ、その気持ちと悩みが収まるのを待っているのでしょう。

「太陽」という明るい語からは、告白が成功して二人が結ばれるようなイメージが浮かびますが、ここで想定されているのは、それとは違いそうです。

今の「僕」にとって「恋心」と「悩み」は表裏一体ですから、そんな「悩み」が晴れるのは、「君」への「恋心」が時間と共に消えて「良い友達」としての関係を続けられるというエンディングしかありません。

「僕」は時間と共にそんな解決が訪れるのを期待しているのでしょう。

1サビ 思い通りにはいかない恋心

五月雨よ 後から後から
愛おしさが 込み上げてくる
見上げたって 変わらないのに
どこかに虹 期待してしまう

五月雨よ 切なくなる
“いつの日か”は いつ来るんだ?
広げられない 傘を持ってる
今すぐに 会いに行くために
どんな時も 絶えることない
永遠を 愛と信じてる

「太陽をここで待つ」と歌った直後に、サビでは「後から後から 愛しさが込み上げてくる」とあります。
これはラスサビの時も同じ構成ですが、一瞬「晴れるのかな?」と思わせながら、すぐにこの歌詞が続くことで、「僕」の恋心が消えることはないのだと暗示されています

「虹」も「太陽」と同じで、ハッピーエンド(「僕」にとっては「良い友達」という未来)の象徴ですが、それは訪れません。
「いつの日か」止むと期待しているのかもしれませんが、その日は来ないでしょう。「僕」の恋心は、一瞬止んだかと思えば、またすぐに降り始めます。

「広げられない傘」は解釈が難しいですが、「傘」は恋心の雨を一時的にシャットアウトするものです。
「君」に今までと同じように会いに行くためには、この恋心を一時的に隠す必要があり、その象徴が「傘」ですが、「僕」はそんな傘を「広げられない」ままです。
この恋心を強く自覚してからは、「君」にもほとんど会えていないのでしょう。

その場しのぎで、恋心を誤魔化しながら、「君」との時間を過ごすことができない、僕の正直さと、それゆえの苦しさが「広げられない傘」という表現で浮かび上がります。

ここまでのまとめとも言える

どんな時も 絶えることない
永遠を 愛と信じてる

という言葉は、そんな「僕」が心を保つために、絞り出した一つの「答え」と言えます。

つまりは、「恋心を伝えることはできない」、でも想いが弱いワケではない。むしろ、こんなに悩みながらも、毎日「君」のことを考える事の方が、想いを伝えるだけ伝えて楽になるよりも本当の「愛」と言えるのではないか・・・・・・。

そのように、想いを伝えず、「恋心」と「悩み・苦しみ」をどちらも抱え続けて、生きていくという決意に見えます。

しかし、「永遠を愛と信じてる」という部分には、少し言い聞かせている感があります。
本心を理性で抑え込んで、「これが正しいんだ」と納得しようとする「僕」が感じられますね。

2番 心はまだ揺れ続けるまま

【2番】
『止まない雨はない』
誰もがそういうけれど
本当にそうなのか?
君にどんどん惹かれてく

今このドアを開けるのか  諦めるのか
意気地なしの 自分に問いかけてみる

「止まない雨はない」は普通なら、前向きな励ましの言葉ですが、この歌詞の中では「いつかは『君』への恋心も薄れて消えていくだろう」という意味になります。

もしかすると、信頼できる人に相談した際に、その人はそのような現実的なアドバイスをしたのかもしれません。
ですが、「君にどんどん惹かれてく」と、その想いが収まることはなさそうです。

2サビ 「僕」の心にかすかな変化が・・・

苦しいよ 君を想うと
一方的で 息もできない
中途半端は 嫌いだけど
どちらかに 決められない

ずぶ濡れに なってもいい
不安の中 飛び出すべきだ
その勇気が 僕にあったら
雨だって きっと怯むだろう
何もせずに 厚い雲に
覆われていちゃ 君に伝わらない

Wow Wow (Wow Wow )・・・
小雨になった 止むかな

2番のサビでは「僕」の心に変化が見られます。

まだ迷っていますが、「ずぶ濡れになってもいい」というのは、恋による悩みに体ごと突っ込んで、世間の色々な目も受け止める覚悟を感じます
「雨だって怯む」というのは、その勇気によって、悩みや世間の目も弱まることを表しているのでしょう。
「厚い雲」は心を悩ませるモヤモヤで、それに囚われていては想いを伝えることなどできない、と読めます。

この短い部分だけでも「決められない」→「不安の中飛び出すべきだ」(とは分かっているんだけど)→「このままじゃ伝わらないぞ」と言う風に、「僕」の心が激しく揺れ動いていることが分かります。

Wow Wow (Wow Wow )・・・
小雨になった 止むかな

想いを伝える決意が垣間見えた瞬間、「小雨になった」と曲調が変わります。

これは決心したことで「悩み」の雨が弱まったと考えることもできますし、いざ新しい行動に移そうとする時に限って、恋心が冷静さを取り戻し、「やっぱり時間が経てば収まるのでは?」と、ためらい始めるとも考えられます。
私は後者寄りですが、前者の捉え方も良いと思います。

「愛」とは?「恋」とは?

五月雨よ 後から後から
愛おしさが 込み上げてくる
見上げたって 変わらないのに
どこかに虹 期待してしまう

五月雨よ 切なくなる
“いつの日か”は いつ来るんだ?
広げられない 傘を持ってる
今すぐに 会いに行くために・・・
どんな時も 絶えることない
永遠を 愛と信じてる

答えなんか 出るわけない それが恋だ

五月雨式に 降り続いてる (Wow…)
五月雨式に 好きになってく(Wow…)
雨よ止むな (Wow…)

1サビの時もそうでしたが、「止むかな」の直後に「後から後から愛しさが込み上げてくる」と歌われ、やはり止むことはないことが示されています。

そして、ここで新たに加わるのが

答えなんか 出るわけない それが恋だ

という歌詞です。

直前の歌詞と並べると、

どんな時も 絶えることない 永遠を 愛と信じてる
答えなんか 出るわけない それが恋だ

と、「愛」と「恋」が対比のように描かれていますね。

世の中には「~なのが恋、~なのが愛」といった「名言」が数多くありますが、ここで「僕」はどのような結論に辿り着いたのでしょうか?

1番で書いたように「愛」については、今の想いは打ち明けずに、一人で抱えたまま永遠に悩み続けることを肯定する考え方です。(そしてそれには「願望」が含まれています。)

それに対して「恋」の「答えなんか出るわけない」という言葉には、「恋心を伝えるのも、伝えないのも、どちらが正解かなんて分からない」という想いが感じられます。
これは選択肢の中の「伝える」という方にも可能性が出てきているという点で一歩前進だと言えるのではないでしょうか。

そして最後には

五月雨式に 降り続いてる (Wow…)
五月雨式に 好きになってく(Wow…)
雨よ止むな (Wow…)

となって終わります。

これまで、「いつかは雨も止むだろう(恋心も収まるだろう)」と消極的な解決を期待していた「僕」が、最後は「雨よ止むな」と、募る恋心を全て受け入れた上で、前進しようとする決意を示します。

ここにはハッキリと僕の変容が見られます。

恋心を認めた上で、今後は想いを伝えるのか、それとも傘を差しながら「良い関係」を続けるのか・・・結末は想像に委ねられています。

エピローグ 「五月雨」という言葉を更に深掘りすると・・・

歌詞については全て考察したので、もう解釈の余地は残されていなさそうですが、「五月雨」という言葉には和歌や俳句の時代からの様々なイメージがありますので、それを援用して、「僕」のこの先を想像してみたいと思います。

「五月雨」の使われ方①「さ乱れ」(そのように乱れ)との掛詞

和歌の世界で「さみだれ」は「五月雨」と「さ乱れ」の掛詞(ダジャレのようなもの)として扱われることがあります。

有名なのは『和泉式部日記』の中の

おほかたに さみだるるとや 思ふらむ 君恋ひわたる 今日のながめを

という歌で、「普通の、五月雨のもの想いだと思っているのでしょうか。あなたへの恋に心乱れて流す涙の雨ですのに」という意味です。

※ちなみに、この歌は敦道親王という方が、亡き兄の恋人であり、人妻でもある和泉式部に送ったもので、今回の「許されない恋」も想起させます。

これを踏まえると、「僕」の「心の乱れ」(激しく思い悩む状態)がより鮮明に感じられますし、「乱れ」は道を外れた恋に使われることも多いので、この先、周囲の目なんか構わずに想いを伝える「僕」が想像されるのではないでしょうか?(希望的観測)

「五月雨」の使われ方② しとしと→集中的な雨

「五月雨」には、ここまで見てきたような、梅雨の前半に「しとしと」と長く振り続ける雨のイメージと、梅雨の後半に「集中的に激しく降り、水害などを引き起こす」というイメージの2つがあります。

俳句で有名なのは

「さみだれを集めて早し最上川 松尾芭蕉」
「五月雨や大河を前に家二軒 与謝蕪村」

などですが、どちらも五月雨の激しいエネルギーが感じられます。

これを踏まえると、「止むか止まないか」という程度だった恋心としての五月雨も、今後はその激しさを増していき、ついには堤防を決壊させるかの如くあふれ出すというストーリーが想像されるのではないでしょうか?(希望的観測2)

最後に

いかがでしたでしょうか?

ネットでは「乃木坂46っぽい」という評判も多い、「五月雨よ」ですが、ストーリーを追っていくと、この思い悩む「僕」の姿というのは、いかにも欅坂46・櫻坂46っぽいなと思い、愛着を感じます。

「僕」の恋がハッピーエンドであることを願うばかりです。

長くなりましたが、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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