櫻坂46 歌詞 解釈

櫻坂46「Buddies」の深い歌詞の意味を考察〜仲間との再起を誓う歌〜

「Buddies」はどんな曲?

「Buddies」は櫻坂46の1stシングル『Nobody’s fault』のTYPE-Dに収録されています。

山﨑天さんがセンターを務めている曲で、明るい曲調で櫻坂46に改名した再スタートを感じさせる曲です。「Buddies」は「仲間」を表す「Buddy」の複数形ですが、この曲から櫻坂46のファンのことは「Buddies」と呼ばれています。

この歌は前向きな想いをストレートに歌っているので、あまり「謎」は多くありません。ですが、「ストーリー」に着目して読んでみると、明るい曲やダンスとはまた違った発見があると思います。

そんな中でも今回は、

■「僕たち」に何があったのか
■この曲のテーマは?
というストーリーを追いながら、歌詞の中のメッセージ性について、考えていきたいと思います。

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目次

「僕たち」に何があった?

穏やかな大地と「僕たち」

Yo! 元気かい? 君に会いたかったよ
Yo! ご覧よ こんな真っ青な空
Yo! 世界は何も変わっちゃいない
Yo! 僕たちは あの頃と同じだろう?
Yo! 季節の風 花の香り
Yo! 緑の木々 漏れる日差し
生きよう 生きよう 生きよう
出だしは、「Yo!」と明るい調子の繰り返しで始まっていきます。

「君」と久しぶりに再会し、「真っ青な空」「風」「花」「木々」「日差し」と爽やかな自然が描かれ、とても清々しい雰囲気です

全てを奪った嵐は
もう通り過ぎた(通り過ぎた)
何事もなかったように
この大地は穏やかだ(Everything is over)

しかし、そんな爽やかな歌詞から一転、「全てを奪った嵐」の存在が語られます。

視点を変えれば「僕たち」は全てを奪われてしまった存在です。

前半の自然や大地が爽やかであればあるほど、対比として「僕たち」の絶望が強調されます。

「嵐」というのは、実際の暴風雨とも考えられますが、「あの頃と同じだろう」や「世界は何も変わっちゃいない」という表現からは、数ヶ月から数年の長さを感じます

「嵐」というのは比喩であり、戦争や疫病など、もっと規模の大きな災厄のことではないでしょうか。※当然、欅坂46時代からの様々な困難を重ねて読むこともできるでしょう。発売日である2020.12.9の情勢を考えれば「コロナ禍」を重ねても読めます。

この歌は、それらの「嵐」によって、家族や友達や住むところなど、文字通り「全て」を奪われてしまった「僕たち」二人の物語だと言えます。

前に進むしかない

Yo! ここには立ち止まってられない
Yo! 踏み出そう 今こそ自分の足で、、、
Yo! 心は遠いどこかを見てる
Yo! 希望なんて ホントにあるのだろうか?
Yo! 君とならば きっと行ける
Yo! 僕とならば たどり着ける
歩こう 歩こう 歩こう

「立ち止まってられない」のはなぜでしょうか?

通り過ぎた「嵐」が再びやってくる恐れがあるのかもしれません。

そうでなくとも「僕たち」は今、全てを失っており、このままここにいても、生きてはいけないでしょう。

明るい曲調とは裏腹に「希望なんて ホントにあるのだろうか?」と先の見通しが立たない「僕たち」は精神的にも肉体的にもボロボロな状態だと言えます

そんな中でこそ「Buddy」であるお互いの存在が心強く感じられます。

We are buddies We are buddies We are buddies
We are buddies We are dreaming
We are buddies We are buddies We are buddies
We are buddies 仲間だ
We are buddies

ここも明るい曲調で、ダンスなども笑顔満開の場面ですが、ストーリーの展開から考えると、生きよう!歩こう!僕達は仲間だ!と歌い上げることで、折れそうになる心を励ましている場面だと考えられます。

何も持っていないのは自由だということ

何かを失ったって
また 明日(あす)は来るよ(明日は来るよ)
悲しみの雨風は止み
新しい夜(よ)が明ける(The sun is rising)

全てを失った「僕たち」ですが、必ず夜が明け太陽が昇るように、明るい未来はやってきます。

Yo! ここから もう一度始めよう
Yo! 自由だ 何も持ってないから
Yo! 僕らは何処へだって行けるさ
Yo! 絶望は涙と一緒に捨てよう
Yo! 君をずっと待ってたんだ
Yo! 僕をずっと待っていたか?
未来へ 未来へ 未来へ

全てを奪われて絶望の底にいる「僕たち」ですが、「ゼロになったということは、ここからどんな方向にでも進んでいける」と前向きな見方に変換します。

「リフレーミング」とも呼ばれる心のテクニックですが、「僕たち」の状況は、そうとでも考えなければ歩みを続けることはできないでしょう。

「嵐」の後、「僕」はすぐに再出発を決意するのではなく、失意の中、仲間を探したのかもしれません。一人では未来のことなど考えられなかったのではないでしょうか?

「君」に出会って初めて、僕の心は未来のことを考えられるようになったのだと思います。

We are friends We are friends We are friends
We are friends We are believing
We are friends We are friends We are friends
We are friends 友よ
We are friends

ここでは1番の「We are buddies」「We are dreaming」「仲間だ」が「We are friends 」「We are believing」「友よ」と変わっています。

「仲間」から「友」への変化はなぜ起きているのでしょうか日本語だけで考えると、信頼感はむしろ「仲間」の方が上のようにも感じます。少し考えてみましょう。

英語での「Buddies」は「仲間」「相棒」「お互いに腹を割って話せる仲間」という意味があるようですが、基本的に男性同士にしか使わないようです※女性が使うには、がさつなイメージになるとか・・・日本語で言えば「相棒」をあまり女性が使わないイメージでしょうか。

このストーリーの「君」は女性でもあてはまります。そういった意味で、もっと範囲の広い「friends」にしたというのが一つの案です。

もう一つは(英語が苦手なので)ハッキリとした裏付けは確認出来なかったのですが、「We are Buddies」という表現は「相棒」のように2人の関係に使われるイメージなのに対し、「We are friends」は3人以上のグループにも使えるイメージです。

そうであるなら、2人でスタートして歩き続けていく中で、仲間がどんどん増えていくというストーリーも考えられると思いました。(どなたか各単語のニュアンスをおしえてください。)

まとめ この曲のテーマは?

ここまで見てきたように、この曲はファンを表す「Buddies」という言葉の元になったり、ダンスもお互いの絆が強調されるような振り付けがあったりと「僕達は仲間だ」というテーマが全面的に感じられます。

ですが、その反面、ストーリーを追っていくと、「僕たち」が置かれている状況は「絶望」とも言える大変な苦境の中であり、そんな中でも歩みを止めず、未来を信じて歩き続けている姿が歌われています

これらを合わせてテーマを考えるのであれば、この曲は

■どんなに苦しい状況でも、仲間を信じて、前に進み続けよう!

という励ましの歌だと言えるでしょう。

最後に

いかがでしょうか?

長文をお読みくださり、ありがとうございます。

この曲は最初に書いたように「謎」として隠れている部分はほとんど無いと言えます。ですが、曲調やダンスの雰囲気だけに注目していると、歌詞の中にある「不屈の精神」とも言えるストーリーを読み落としてしまうかもしれません。

また、櫻坂46としてのデビューシングルに入っている曲であることを考えれば、そのストーリーに、これまでのグループの歴史やメンバーの想いを重ねて読むこともできると思います。

私も「Buddies」としてこれからも櫻坂46を応援していきたいと思います!

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